【解説】『卵殻モザイクとカゼックス工芸(矢崎好幸)について

 

 桑原浜子は、卵殻モザイクを自分の生涯の仕事として案内・指導してくれた恩人として矢崎好幸の名をあげ、彼の著書『卵殻モザイクと……』を紹介している。

 本書の「序」で矢崎は、本書が当時の手工芸教育の現状を批判し、新しい手工芸のあり方を模索しようとするものであることを表明している。そしてそれこそが新しい時代の趨勢である、と。つまり、当時の美術界の趨勢が「大きなカーブを描いて急旋回」している時期ではないか、というのである。

 矢崎は指摘する。
 機械的職工的なるものに偏した手工教育は、「創作量に富む工芸重視の教育」に進むだろう。そして「ブルジョアの遊技的な欲求に迎合していた家庭手芸」は「我々民衆の生活を潤すために、一脈の清新な幸福感を与えるため」のものに変わっていくだろう。また、「行き詰まった美術界」は「知識、個性、稀有、高価、異常という特殊の世界」から「民衆、実用、多量 、廉価、通常」という「平凡の世界と握手を求めようと」するだろう。

 矢崎は、卵殻モザイクこそが新しい時代の趨勢を牽引する力になるだろう、と夢を語る。
「凡ては大きいカーブを描いて急旋回を試みんとしている。時代は移る。時代の要求は移る。この、真剣に、多数の人々が呼びかけつつある現実の要求を、満たすべく生まれ出たのが卵殻モザイクとこれに関連せる工芸である」と。

矢崎好幸先生のモザイク作品

本書口絵に掲載されている
卵殻モザイク作品

 さらに矢崎は続ける。
「卵殻モザイクは申すまでもなく、かかる現代意識の上に立ち、従来廃物としてその処分に苦しんでいた卵殻を着色し、これを片子として種々の模様図形状に組み合わせてモザイクを構成するもので、この新工芸が投げる放物線は案外に広くかつ深い。美に結合し、生活に関与し、経済に関連し、思想に当面 する。この工芸の種子が下されたのは最近のことであり、このほど特許になったばかりであるが、多くの人々の愛と熱情とにより忽ちにして芽を出し、すんなりと成長しかけてきたことは、なにより慶賀にたえない。
 わが国において世界のトップを切ったこの実生のモザイクを専門家の新工芸として、また、手工図画の新教材として、また、農民の副業、婦人の手芸として、強く大きく育て上げ、一日も早く国際場裡に押し出してやりたいものである」

 本書が世に出たのは、昭和5年(1930年)の末のことである。前年の秋は、ニューヨーク株式市場で株価が大暴落し、これはその後に続く世界大恐慌のきっかけを作った。日本にもその影響が押し寄せ、その年のわが国の失業者は250万人とも300万人ともいわれた時代であった。暗い時代が始まりかけていた頃、人々を励まし、明るく大衆的な芸術を普及しようとした矢崎の試みは貴重なものであったと思われる。矢崎のもとには多くの人々が集まった。桑原浜子もその一人だったのである。

『卵殻モザイクとカゼックス工芸』目次

「卵殻モザイクとカゼックス工芸」表紙

第 1 章 卵殻モザイクの意義
第 2 章 モザイクの種類
第 3 章 モザイク芸術の発達
第 4 章 卵殻の研究
第 5 章 卵殻の準備
第 6 章 卵殻の染色及着色
第 7 章 卵殻の漂白と軟化
第 8 章 変り卵殻
第 9 章 卵殻の装着
第10章 卵殻モザイクの地造り
第11章 卵殻モザイクの仕上
第12章 卵殻モザイクの技法
第13章 図画手工の学習と卵殻モザイク
第14章 家庭手芸と卵殻モザイク
第15章 モザイク芸術の鑑賞
第16章 卵殻モザイクの応用範囲
第17章 卵殻モザイクの応用例とカゼックス工芸       

(文責 T・K)

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桑原浜子の世界ー卵殻モザイクを育ててー
矢崎好幸先生についての解説です